みなさん、こんにちは。
双子のパパであり、ライフ快療院の院長、かじた式骨盤矯正の開発者である梶田了です。

おかげさまで、来年の1月18日で開業12年目に入ります。
今回は私の独立開業までのストーリーを書き綴ってみました。
長文ですが、よろしければお読みくださいね。

バイトやサークル活動などをやって自由で気ままな大学生活を楽しんで、4年になり、いざ就職活動になりました。
時代はバブルの絶頂期、超売り手市場もあり、行くところ行くところすぐに内定。今から考えても異常な時代でした。

安定していたらいいな~ぐらいの考えで大手食品メーカーにいったん決めましたが、卒業間際になり、やはり公務員になろうかな~と考え、卒業後、公務員試験の勉強を短期集中でやり、どうにか埼玉県庁に入庁しました。

公務員時代は、それなりに面白い仕事をさせていただきましたが、目的のない毎日にストレスを感じていました。

30歳を目前にして、このままあと30年近くこの仕事をして定年を迎え、人生を満足に過ごしたと言い切れるかどうか?と自分の中に疑問が沸々と湧いてきました。同僚や先輩職員の方に相談しても「そんなこと考えないで、もっと楽しんだらいいだよ~、なんだかんだ言って、公務員はいいぞ~、身分は保証されているし、退職金しっかり貰えるし、まあ飲めよ!」という感じでした。

自分はこれでいいのか?
本当はもっとやりたいことが人生であるのではないのか~
チャレンジしてみてもいいのではないのか?

何ができるのかわからないが、独立開業して自分の可能性を試したいと考え、独立するなら資格が必要だと考えて、いろいろと資格取得の雑誌を読み、調べました。

そして、過去に自分が腰痛になった時に整体で改善した経験もあり、整体を仕事にすることを決意しました。

実際に知り合いに頼んで、接骨院見学をさせて頂いたり、専門学校見学したり、開業計画を立てたりして、目途が立ったので、家族、職場の同僚に想いを打ち明けていきました。

もちろん、最初は両親とも反対でした。しかし、母は私が苦しんでいることを知っていたのでしょう~、最後には「頑張りなさい。出来る限りの応援はするから~」と言ってくれました。私も子供が産まれて、親の有難さがわかり、今でも感謝しています。

上司や職場の同僚からは「やめたほうがいいよ~、カイロって大丈夫!今から、独立するの~、うまくいかないよ~」という意見を多く頂きました。

そんな中にも一人の上司が「そうなんだ~、実は私も昔、独立を考えた事があったんだよね~、でも、いろいろと考えてやらなかったのだけど…今考えるとやってみればよかったかと思うよ。梶田君は後悔しないように頑張ってみたらいいかもね!」と言ってくれました。その方の応援のおかげもあり、踏切がついて独立することを決意しました。

ちょうどその当時、アントニオ猪木さんが引退式の中などで「道」という詩をメッセージしていました。
…人は歩みを止めた時に、そして、挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います。
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり
その一足が道となる 迷わず行けよ
行けばわかるさ
いくぞ~!!!!!
1、2、3、ダ~~~~~~~~~!!!!!

この詩を毎日のように、不安や怖れをかき消すように自分に暗示をかけていた事を覚えています。

今から、考えると何もわからないがゆえに思い切ってチャレンジできたんだと思います。その当時は無我夢中でまだ見ぬ自分の可能性に向けて走っていた感じでした。

そして、退職後すぐに、整体専門学校に通いだしました。
学校を出てすぐに独立が目標だったので、学校以外にもセミナーや講習会に参加し、毎日、不安を感じないように勉強していました。

何もしていないと不安で不安で仕方なかったです。
もし、うまくいかなかったらどうしょう…
技術はこれで大丈夫なのか…
そんな焦りにも似た気持ちをいつも抱えながら、ストレスだったんでしょうね、その当時は缶コーヒーを飲みながら、一日2箱の煙草を吸っていました。

そして、2002年1月、念願の整体院を南浦和に開業しました。しかし、正直、開業当初は本当に経営が苦しかったです。

続く……

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